Cherreads

Chapter 19 - 第7話:忘れ去られた息子の影

「エイエン」の世界が,これほどまでに静まり返ったことはなかった. そこは夢の領域であるはずだった.光と記憶の上に築かれ,感情に合わせて色を変える果てしない空.だが今,すべては灰色に沈んでいた.かつて笑い声と魔法を運んだ風は重く,金属と絶望の味がする霧に遮られていた.明滅するスカイラインの下で,地面は波打っていた.生きる術を思い出そうとする,死にゆく生き物のように呼吸しながら. マジクはその死にゆく場所に,ただ一人立っていた. 呼吸は遅く,乱れている.瞳は,崩壊していく世界の移ろいゆく地平線を走査していた.かつて活気に満ちていたエイエンの草原は消え去り,再構築を試みる記憶の残骸のような,骨組みだけの廃墟に取って代わられていた.破片が割れたガラスのように宙に浮いている.笑っている子供,ピアノの傍で鼻歌を歌う母親,窓を叩くかすかな雨音.それらは一瞬だけ淡く光り,煙となって溶けていった. 彼は剣を握る手に力を込めた.これまでに何度も影を切り裂いてきた,あの剣だ.だが今回は...影は逃げなかった.影は,見つめていた.

「マジク・タティル...」 声は静かだった.あまりに静かで,まるで自分の心に直接語りかけられているかのようだった. マジクが振り向くと,霧の中から一つの人影が現れ始めた.霧は彼のために道を譲り,彼に触れるのを恐れるかのように自らを飲み込んでいく.薄暗い光の中で光る瞳がかすかに燃え,マジクは生まれて初めて,心臓が止まるような感覚を覚えた.

ミズノは静かに息を吐き,一歩前に出た.「壊れていたのは世界じゃない.僕たちだったんだ」 マジクは武器を構えた.「あんたがコアを修復したのか.なぜだ? あんたは記憶を食らっている.影にすべてを支配させようとしているんだ!」 それに続く沈黙は,耐え難いほどだった.やがてミズノはくすくすと笑った.残酷にではなく,悲しげに.「本当に覚えていないんだね.まあ,当時はまだ赤ん坊だったんだから,無理もないか」

足元の地面が震えた.砕け散った空を稲妻が走る.マジクが身構えると,世界そのものが明滅し始めた.死にゆくビデオ映像のように,砂嵐の向こうから物語の断片を映し出していく.

コアの中の記憶

草原が溶けていった.戦闘が始まろうとしたその時,霧が二人を包み込んだ. マジクは,薄暗い部屋に立っている自分に気づいた.無機質で,白く,冷たい.それは映像であり,記憶だった.病室のベッドに座り,包帯を巻いた腕で窓の外をじっと見つめている年若い少年が見えた. その子供は,ミズノだった.

外の空からは雨が降り注ぎ,灰色の幕がガラスを伝い落ちている.彼の傍らには一人の男が立っていた.カエルだ.今より若く,まだ大人だが,その目は落ち窪み,絶望的な希望に満ちていた. カエルはミズノの肩に手を置いた.「まだゲームはできるだろう? たとえ腕が——」 ミズノは答えなかった.顔を背けたまま.「何の意味があるの? みんな行っちゃった.お母さんも...リナも...みんな」 彼の声が震え,カエルの表情がゆがんだ.長い間,沈黙は悲しみそのものよりも重くのしかかった.

それから映像が明滅し,別のシーンを映し出した.小さな子供,赤ん坊のマジクが,ミズノに小さな手を優しくつんつんされて笑っている. 「僕がこの子を守るよ」記憶の中のミズノが囁いた.「他の誰も守れなかったとしても.家族全員は守れなかったけど,あの時,僕を養子にしてくれたこの家族なら...」 それを見ていたマジクの息が詰まった.「あれは...僕だ」

世界は再び明滅した.今度はさらに速く,最後の日を映し出す. カエルはガレージの中で,白衣を着たプログラマーの友人の傍らに立っていた.テーブルの上には,他とは違う奇妙なデバイス,ヘッドセットが置かれていた.ミズノが好奇心を持ってそれを見つめていた. 「ただのテストだ」カエルの友人が言った.「一度だけ.僕が作りたかった世界を見せてあげる.痛みの追いかけてこない場所だ.まずは君で試させてくれないか.親友の息子に最初に試してもらえるなんて,光栄だよ」 ミズノはかすかに微笑んだ.「痛みのない世界,か」 カエルは躊躇したが,それでも彼にそれを手渡した.

ミズノがヘッドセットを装着すると,ライトが点滅した.空気がうなりを上げた.そして——悲鳴.画面が真っ白に弾けた.彼のぐったりとした体は床に崩れ落ち,彼の魂はゲームの最初の起動の一部となったのだ. そして,すべてが暗転した.

記憶が消え去った.マジクは喘ぎながら膝をついた.周囲に再び戦場が形作られる.灰色の空と明滅するコード,囁き声に満ちた霧. 「あの時の子は,あんただったんだな」マジクは囁いた. ミズノは彼を見下ろした.瞳は空虚だが,優しかった.「そうだったよ.かつてはね.なぜ霧が君を気に入って,僕のプライベートな記憶を見せるまでになったのかは分からない.でも正直...もうどうでもいい.君は僕の現実と向き合う必要があるんだ,弟よ」

マジクは歯を食いしばり,涙で視界が熱くなった.「父さんは...覚えていないって言ってた.あんたは死んだって——」 「死んだ?」ミズノが言葉を継いだ.「死んだよ.僕の体は呼吸を止めた.でも僕の心は...魂は...エイエンが奪ったんだ.生きるために魂が必要だった.心が必要だったんだ.そして僕の心は,利用されるのに十分なほど,すでに壊れていた」 彼は手を挙げた.影が腕の周りで渦を巻く.「それが今の僕だ.エイエンの最初の命.君が直そうとしている呪いそのものだ」 マジクは激しく首を振った.「違う! あんたは呪いなんかじゃない.あんたは——」 「間違いなんだよ!」ミズノの声が怒りと,そして痛みで裏返った.「父さんが僕を忘れていくのを見ていた.母さんが壊れていくのを見ていた.そして,あいつがまた笑うのを見たんだ——君と一緒にね!」

影が急増し,周囲の光を飲み込んだ.コアは生きている心臓のように脈打った.そして突然,マジクは兄だけでなく,エイエンそのものと戦っている自分に気づいた.

影の決戦

ミズノが動くと,空気が波打った.ありえないほど速い.黒曜石のように暗い彼の剣が,雷鳴のような音を立てて打ち下ろされた.マジクはかろうじて防いだが,刃と刃がぶつかり合い,悲鳴を上げた.一撃ごとに崩壊した世界に波紋が広がり,その跡に記憶が弾けては再形成される.他の3人が強制ログアウトさせられ,戦いの経験が浅いマジク一人が残されたが,これまでに学んだ技術で彼は懸命に前へ踏み出した.

一撃ごとに,ミズノの人生の断片がフラッシュバックする.母親の微笑み.バイオリン.友人たちの笑い声.衝突.沈黙.何も信じなくなった夜. 「ミズノ!」マジクは受け流しながら叫んだ.疲労と感情で体が震えている.「あんたは敵じゃない! 家族だ!」 「家族?」ミズノが吐き捨てた.「家族は僕を忘れた! 家族は僕をすり替えたんだ!」 彼は再び斬りつけ,刃がマジクの頬をかすめた.デジタルの血が灰色の地面に飛び散り,壊れたピクセルのように明滅した.痛みは本物だった——マジクがよろめくほどに. だが,体が痛んでも,彼は退くことを拒んだ.

「違う」マジクは息を切らしながら言った.「父さんはあんたをすり替えたんじゃない.自分がしたことに向き合えなくて,あんたを封印したんだ.父さんの目を見たよ.あの人は壊れてた! あんたを愛してたんだ!」 ミズノは一瞬だけ動きを止めた.表情が揺らめいた.怒りと悲しみの間で立ち往生している子供のように.「...じゃあ,どうして一度も僕を探してくれなかったんだ?」 マジクの剣がわずかに下がった.「あんたが永遠にいなくなったと思ったからだ.自分を責めていたからだ」 ミズノの中で,何かが弾けた.

彼は叫んだ——怒りからではなく,苦悩から.その声はデジタルの空気の中で歪み,記憶の破片をガラスのように粉砕した.背後のコアが激しく脈打ち,影の触手が血管のようにのたうち回る. 「君にあの人を許す権利なんてない!」ミズノが咆哮した.「君に理解なんてできるはずがない!」 影が爆発し,世界を丸ごと飲み込んだ.

虚無の中で

暗闇.静寂. 聞こえるのは,呼吸の音だけ——荒く,遅い二つの呼吸. マジクは目を開けた.彼らは虚無の中に浮かんでいた.漂うデータとかすかな光以外は何もなく,記憶の断片が死にゆく星のように二人の周りを巡っている. この場所では,ミズノは違って見えた.より若く,より小さく.服は破れ,腕には包帯.初めてヘッドセットをつけたあの日と,まったく同じ姿だった.

「これで分かったかい?」彼は静かに言った.「僕はここにいたんだ.たった一人で.僕を置いて進んでいく世界を見つめながら.エイエンでさえもね」 マジクは首を振りながら,彼に近づいた.「忘れられてなんていなかった.僕は今,あんたを覚えている.顔も,物語も,痛みも知っている」 ミズノは弱々しく微笑んだ.「なら,僕の代わりにそれを覚えていて.僕はもう,抱えていられないから」

背後のコアが崩壊し始めた.ひび割れから血管が破裂するように光が溢れ出す.影が溶け始め,消えゆく際に悲鳴を上げ,ミズノの汚染されたコードの断片がバラバラになっていく. マジクは手を伸ばした.「行くな——! 戦えるはずだ! あんたはまだ,僕の兄さんだ!」 ミズノの眼差しが和らいだ.「いいんだ,マジク.僕は影なんだ.エイエンの呪いなんだ.両方を救うことはできない」 世界が崩れ始めた.

選択

マジクの涙が上へと浮かび,闇の中で淡く光った.剣が手からこぼれ落ち,光となって溶けていく.彼はミズノの伸ばされた指先へと手を伸ばした. 「消える必要なんてない」マジクは囁いた.「僕の中で生きていける」 ミズノの表情が震えた.戦いが始まって以来,初めて見せた本当の感情だった.「...じゃあ,約束して」 マジクは瞬きをした.「何を?」 「今度は...僕を忘れないって」 マジクの手が,兄の手を包み込んだ. 「約束する」 背後のコアが砕け散った.最後の光の爆発が,すべてを飲み込んでいった.

その後

マジクはエイエンのハブの床で,ハッと目を覚ました.すべてが静かだった.霧は消え,世界は再び平穏を取り戻していた. カエル,ミラ,リンたちが近くに立っていた.彼らの顔は青ざめ,心配そうだった.カエルが震えながら一歩前に出た.「マジク...何があったんだ? システム全体が数時間クラッシュして.私たちはてっきり——」 マジクは顔を上げた.涙はまだ乾いていない.彼は涙の向こう側で弱々しく微笑んだ.「あいつは,行ったよ」 カエルは凍りついた.「誰が?」 マジクは視線を落とし,かろうじて聞こえる声で言った.「僕の兄さんだ.ミズノだよ」

カエルは息を呑んだ.彼は膝から崩れ落ちた.真実が明らかになるにつれ,その瞳は見開かれ,信じられないという思い,恐怖,そして深い悲しみに満たされた.長く葬ってきた名前を囁く彼の指先が,激しく震えていた. 「ミズノ...」 マジクは父を見つめた.「兄さんは,あんたを許したよ」 そこでカエルは,ついに堪えきれなくなった.静かな嗚咽が彼の肩を揺らす.震える手で顔を覆い,何度も何度もミズノの名前を囁き続けた.

マジクは立ち上がり,エイエンの地平線を見つめた. 空は再び青さを取り戻していた.だが雲の中に,ほんの一瞬だけ,誰かが見えた気がした.微笑み,手を差し出し,そして光の中に消えていく一人の少年の姿が. マジクはかすかに微笑み,目を閉じた. 「さよなら,兄さん」

[第7話 完 — 「忘れ去られた息子の影」] エイエンの世界は再び息づき始める.だがその静寂の中で,何かがまだ蠢いている.コアは消えたかもしれないが,それを生かしていたコードはまだ,消え去ってはいない....

More Chapters